「何だ、キサマは」
第一声が、それだった。
『その人』と暫く歩いて後、着いたのは街の南西に位置する宿屋。
そこに泊まっているのだという『その人』の後を付いて行き、部屋のドアを開けた。
そしてそこにいたのは、ソファに座る、妙な格好をした少年だった。
全身黒ずくめの服に、至るところにジャラジャラと大量の鈴。
ラフな服装にも見えるが、露出は最小限に少ない。大きな黒目がちの瞳に、これまた大きな丸眼鏡をかけている。黒い髪は前髪の一房だけが白く染まっている。
利発そうな少年だ。
黙っていればそこそこ可愛いが…。
「き、きさまぁ…?」
思わずムッとした口調が前に出る。
子供相手に大人げないな、と思うほど永禮の精神年齢は大人ではない。
「α、θ、只今帰りました」
「Σ、何だこいつは」
ソファにふんぞり返ったまま、横目で見据えている。
偉そう。
果てしなく偉そうだ。
明らかに年上であるΣ(『その人』はΣという名前らしい)を前に、タメ口だ。
「α、ダメですよ。…怪我したところを、助けていただきました。虐めちゃいけません」
穏やかに、何気に、実は酷いことを言っている。
これが本来の性格だろうか。
しかし永禮はそんなことに気付くこともない。
…バカだから。
「怪我? 何かあったのか?」
怪我、と聞いた途端、αが少しだけ身を乗り出す。
「…それが…」



「へぇぇぇぇぇぇぇ。ほぉぉぉぉぉぉ。」
「…何だ、その言い方…」
事の始終を話し終え、Σがお茶を用意する為に席を立つと、αがジト目で永禮を睨み付ける。
「はっ、どうせあらかた、助けなくてもいいところに助けに入ったうえに、怪我までさせたんだろ。Σが『助けられた』なんて言うから何かと思えば…」
小馬鹿にした物言いは、コイツの性格か?
「助けなくても良かったってーのかよ!?」
「言っておくが、Σは強いぞ」
「…ぇ?」
きっぱりと言われた一言に、少し混乱する。
強い? Σさんが? だって…あんな躯で?
(目、見えないのに…?)
「街のゴロツキの一人や二人…いや、三人か四人くらいか? あいつなら楽勝なんだよ」
吐き捨てるように言う。
「……うっそぉ…」
「マジ。ったく、余計なことしやがって…。あー、どーするかなぁ…俺様がいくら強いったって…毎回毎回奴らを使うわけにも…………う〜む」
思うままに永禮を罵倒した後、αは一人考え込んでしまう。
残された永禮は、むかつくやら申し訳ないやら、ショックを受けてがっくり項垂れてしまった。
(助けなくてもよかったって…しかも、無駄に怪我させたって…あぁ〜…どうしよう…も〜…俺のバカ)
「……?」
気付くと、目の前に少女がいた。
不思議そうに大きな目で永禮を見つめている。
「あの…」
しかし、無表情だ。
可愛いのに、無表情だ。
真っ黒の髪は緩やかなウェーブを描いて腰まで伸び、同じく真っ黒な瞳は零れそうなほど大きい。どことなくそこのナマイキな少年に似ているようにも見えるが、この少女はそこまで性格破綻しているようには見えない。
じぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ…と、見つめられる。
「……」
だんだん、気まずくなってくるのは、人間の正しい反応だと思う。
「あなた、誰?」
突如、少女が口を開く。
ガラス細工のような、透明感のある声。
「θ、お前は気にしなくていいんだぞ。お兄ちゃんがどーにかしてやるから」
声で気付いたのか、αは彼女を手招きして自分の方へと引き寄せようとする。
兄妹か。似ているはずだ。
しかし…。
(……ォィォィ、人格変わったぜ、今)
優しげなオーラを出しまくり、猫なで声で彼女…θの名を呼ぶ。
「Σの、知り合い?」
それでもθがαの方へ行かなかったことで、少し気分が浮上する。
ざまぁみやがれ。
「あー、オレは永禮。…Σさんっていうんだ? あの人。…助けた…つもりだったんだけどナー…余計なことだったみたいだ」
自分で言って、自分で傷つく。
やっぱりバカ。
「……」
またしばらくじーっと永禮を見つめると、おもむろに手を伸ばす。
「?」
「θ!?」
驚愕の声を上げたのはαだ。
可愛い妹が懐いたので、嫉妬しているのだろうか…。
それだけではないようにも思えたが。
「Σは、怒っていなかったわ」
無表情だがこれは…。
(慰められてる?)
なでなで、と背伸びして永禮の髪を撫でるθに、永禮は目線を合わせるようにしゃがみ込む。
「ありがとう。…きみは?」
訊くと、初めて彼女の表情が変わる。
錯覚かと思えるほど小さな変化だったが、おそらくこれは、笑っているのだろう。
「θよ、永禮」
可愛い。
最初が無表情だっただけに、ほわん、とした気持ちになってしまう。
「……」
「…なんだよ」
気になるのは、αの視線だ。
相変わらず永禮を見つめているが、先程とは違い、どこか意味ありげな視線。
見つめられるのには、あまり慣れていない。
どうしても気恥ずかしさの方が前に立つのだ。
「お前……俺達の護衛しないか」
「え?」
「α!? 何を言ってるんです!」
反論したのは、今偶然入ってきたであろう、Σである。
片手でお盆を持ち、ドアに手をかけている。
「あ、手伝います!」
肩を痛めているはずの人に手を使わせてはいけないと、永禮がΣに駆け寄る。
「仕方ないだろ。俺だけじゃθを守りきれない。それは事実だ。…気付いているだろう? 最近、妙な気配が周りをうろついてやがる」
話に不穏な空気が混ざってきた。
妙な気配?
「ですが…っ」
Σに軽く声を掛け、その手からお盆を奪い取る。
すみません、という返事に重ねてαが言う。
「θが、平気だったんだ」
「え……」
Σの表情が驚愕に変わる。
分からないのは永禮である。
(この子が…どうしたって…?)
お茶をテーブルに置きながら、ふと疑問に思う。
θ…彼女は、多少無表情だが、いったって普通の女の子に見えるのだが。
「私、永禮のこと、嫌いじゃないわ」
いつの間にかαの横に収まっていたθが、ポツリと呟く。
それにαのこめかみがピクッとひくつくが、それを抑えて『ほらな』と言ってみせる。
「……しかし、それは永禮さんが承知すれば、です。長い旅になるんです。その間ずっと拘束することは…」
「やります」
気付いた時には、口に出していた。



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